STUDY

白亜系堆積岩の有機物分析 ~超温室期の海洋基礎生産~

白亜紀は顕生代を通しても温暖な時代で,特に約1億年前の中期白亜紀は「超温室期(Hot-greenhouse)」とも称される非常に温暖な時代であったと考えられている。白亜系の地層中には葉理が発達し有機物に富む「黒色頁岩(Blackshale)」が広く確認されており,海洋の無酸素化の証拠とされている。この大規模な無酸素化(海洋無酸素事変;Oceanic Anoxic Events = OAEs)は,海洋表層の基礎生産の活発化や熱塩循環の停滞に伴った海洋の成層化によって発生したと考えられている。このような極端な海洋環境に対して海洋基礎生産者(主に海生微細藻類)はどのように応答し,遷移・進化してきたのだろうか?

海洋基礎生産を担う真核藻類のうち円石藻と渦鞭毛藻は,化石記録から特に中期白亜紀の海洋で多様化し,隆盛を極めていたとされている。一方,黒色頁岩中ではこれらの微化石が減少・欠如するのに対し,シアノバクテリアや緑色硫黄細菌に由来する分子化石(バイオマーカー)が検出されるため,OAE期の極限的な海洋環境に特化した生物の繁茂が示唆されている。しかし,これらのバイオマーカーの検出は一部の地域の堆積岩に限定される。そのうえ,その他の化石として残りにくい殻を持たない藻類の寄与を評価した例は少なく,環境変動へのそれぞれの生物の応答や相互作用についてはあまり言及されていない。

私はフランス・ボコンチアン堆積盆と北海道・蝦夷層群の堆積岩を用いて,有機地球化学的手法と有機質微化石分析によって,超温室期の海洋環境変動に対する生物応答の解明を目指している。現在は,渦鞭毛藻バイオマーカー,極微小な有機質微化石であるアクリターク,藻類由来の不定形有機物に特に着目して有機地球化学分析を行なうことで,中期白亜紀の海洋基礎生産者の全体像を明らかにしようと目論んでいる。

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(①南仏Paquier層準の黒色頁岩; ②アクリタークの蛍光顕微鏡写真, スケールは20 µm)

アイスコア中の微粒子のラマン分光分析~極域におけるエアロゾル組成の復元~

グリーンランド氷床を有する北極域は,近年の温暖化を含む気候変動の影響を大きく受けていることが知られている。また,過去数十年における人為起源物質の排出とその制限によって,大気エアロゾル組成は劇的に変化してきた。したがって,人為起源物質の影響が強い北半球におけるエアロゾル組成の変化が,北極域にどのように作用するかを理解することは,今後の気候変動を予測するために極めて重要である。

アイスコア試料は古気候を復元するために有効なアーカイブであり,過去に沈着した水溶性エアロゾルを固体の状態で保持している。過去におけるエアロゾル組成の変化を理解する際には,特に雲核形成に影響し,放射強制力に寄与するエアロゾルの化学種の違いが重要となる。私は,ラマン分光分析によって,アイスコア中の塩微粒子の化学種を決定をすることで,過去のエアロゾル組成とその起源を理解する研究を進めている。

現在から近過去における環境変動に対する渦鞭毛藻の応答 ~人新世のモダンアナログ~

堆積物コアやアイスコアなどの古気候アーカイブを用いて過去・未来の気候変動に対する生態系応答を復元・予測する上では,環境変動に関して豊富なデータセットを有する現在~近過去における生態系応答とそのような変化が古気候アーカイブ中にどのように記録されるかを正確に理解する必要がある。これは"斉一説"すなわち「現在は過去を解く鍵」とする地質学の基本的な思想に基づく。もちろん,これまでも同様の視点で多くの研究がなされてきたが,現在の沿岸域で深刻な漁業被害をもたらす赤潮種を多く含むような「渦鞭毛藻」を中心に行なってきた例はほとんどない。

現在の海洋において,様々な生活様式をとる渦鞭毛藻は海洋生物学的に非常に扱いにくいことがその背景にあるとは思うが,地質学的には渦鞭毛藻シスト化石やジノステロイドのように過去の渦鞭毛藻の挙動を理解する上で,多少煩雑であるが使いやすいプロキシも多い。現在~近過去における急激な気候変動に対する(赤潮などの)渦鞭毛藻の応答を理解することで,堆積物中における渦鞭毛藻由来のプロキシの変動を正確に理解し,将来予測に繋げていくことが重要と考え,研究を進めている。

海洋基礎生産者の進化史

地球上の生命のうち,「基礎生産者(primary producer)」は食物連鎖の土台であり,炭素循環を始めとした生物地球化学的サイクル (biogeochemical cycle) を理解する上で重要な存在である。海洋においては,「海生微細藻類(marine microalgae)」,要するに植物プランクトン (phytoplankton) が基礎生産者に相当し,主に海洋表層において光合成をすることで,有機物を生産している。また,これらの海洋基礎生産者が過去に作り出した有機物は化石燃料(特に石油)の素になっている。

現在の海洋の主要な海洋基礎生産者は,珪藻,渦鞭毛藻,円石藻であると考えられてきたが,1980年代以降,ピコプランクトンと呼ばれる極微小な植物プランクトンも海洋基礎生産に大きく寄与していることが知られてきた。広大な海洋における非常に複雑な基礎生産者像が指摘される中,近年になって重要性が増してきたのは,今後の海洋環境変動に対する海洋基礎生産者の応答(例えば,富栄養化に伴った赤潮など)に関してである。現代の海洋における観測事実や水槽における実験,モデル計算は確かに重要な知見を与えるが,過去の地球における基礎生産者の進化史を読み解くことで初めてわかることも多い。

過去の基礎生産者の復元に有効な方法に微化石分析がある。しかし,微化石分析は層序や環境復元への利用が主であるために使用する生物種が限定され,基礎生産者全体の変遷・進化を検討する上ではムラが生じやすい。例えば,古生界堆積岩の生層序に有効なアクリターク(acritarch)は白亜系堆積岩などでは活用方法がほとんどなく,観察されるのにも関わらず記載例は極めて少ない。つまり,不必要と認識されて「ゴミ箱行き」になった化石が,海洋基礎生産者の進化に重要な情報を隠している可能性がある。

微化石ばかりが当時の基礎生産者の記録を保持している訳ではない。堆積岩中の有機物のうち,分子化石(バイオマーカー;biomarker)は非常に有力なツールである。しかし,これらの分子化石においても,シアノバクテリアや緑色硫黄細菌などの特異な生物由来の有機分子のみ脚光を浴び,主要な基礎生産者であったはずの円石藻・渦鞭毛藻・珪藻などの微細藻類の環境変動に対する挙動を分子化石の観点から議論した例は想像以上に少ない。また,有機物中の巨大分子成分(≒ケロジェン;kerogen)については,大部分が基礎生産者に由来するのにも関わらず,その分子構造の困難さから,環境復元や生態系復元にはあまり用いられていない。有機物から得られる情報についても,やはり多くは「ゴミ箱行き」になっているのである。

私は,これらの「ゴミ箱行き」になった基礎生産者の情報を整理し,新たな分析手法を駆使して有効活用法を見出すことで,真の基礎生産者の変遷史・進化史を読み解くことができると考え,興味を持っている。

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(①珪藻, 渦鞭毛藻, 円石藻のイラスト; ②分子化石とクロマトグラム)


Palynochemistry ~有機質微化石の化学~

Palynologyは花粉学と一般的に日本語で訳されるが,実際には渦鞭毛藻シストなどの「海成パリノモルフ(marine palynomorph)」も扱う学問である。渦鞭毛藻シスト(dinocyst)は,休眠期胞子と呼ばれる渦鞭毛藻が生活環の中で形成する有機質の殻であり,構成する巨大分子は,花粉・胞子を構成する「sporopollenin」に対して「dinosporin」と呼ばれている。現在,形成する種が同定されている渦鞭毛藻シストは約200種であるが(Matsuoka & Fukuyo 2000),化石シストを含めると4000種を超える(Fensome & Williams, 2004)。さらに,形成種が未同定でアクリタークに含まれている化石も含めるとその数はもっと多くなる。

現生渦鞭毛藻では,従属栄養性と独立栄養性で形成するシストの巨大分子の構造が異なることが,最近わかってきた(Bogus et al., 2014)。生態学的特徴がシストの高分子構造に記録されているとすれば,その水産学的・古生物学的利用価値は高い。パリノモルフの高分子構造を総合的に理解する「Palynochemistry」を創成し,古環境・古海洋研究に新たな分析手法を導入することを目的とした研究に現在興味を持っている。