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Topic 1: 石油の起源生物は何か?

植物プランクトンの遺骸石油の素になっている...という話は良く聞いたことがあると思う。でも,「どの植物プランクトンが?」と考えたことのある人はいるだろうか。私は植物プランクトンとまとめられてしまうのは,彼ら(彼女ら)に失礼だろうと考える。そこで,白亜紀の海洋無酸素事変の時代に海底で静々と堆積したとされる黒色頁岩(ブラックシェール)にその謎を問いかけてみた。

海洋無酸素事変(通称:OAE)とは海洋の底層が広い範囲で無酸素化した(つまり酸素がなくなった)時代である。白亜紀にはこの海洋無酸素事変が何度も起こったと推測されている。ピンと来ないかもしれないが,実は現在の海洋の底層は酸素が豊富に存在している。これは海洋のベルトコンベアーと呼ばれる循環システムがあるからで,現在ではグリーンランド沖や南極周辺で冷たくて重く酸素に富む表層水が底層に向かって沈み込んでおり,それらが海洋底層を流れることで地球上のほとんどの海の底層は酸素に満ちている。一方で,火山活動が活発で大気中の二酸化炭素量(温室効果ガス)が多かったために非常に温暖な時代であったとされてる白亜紀の海は,どこの海でも水温があまり変わらなかったと考えられており,沈み込む場所が失われて,海洋の大循環が停滞したよどんだ海(成層化した海)であったと考えられている。そうすると,海洋底層に酸素が行き届かなくなって無酸素化が進む。

循環の停滞に加えて,海洋表層での基礎生産(一次生産)の増大無酸素化の原因とされる。海洋でいえば,植物プランクトンがたくさん増えて,たくさん光合成を行なって,たくさん有機物をつくること = 海洋基礎生産の増大である。つまり,たくさんの有機物が表層から底層に向かって降ってくるわけである。大量に降り積もるマリンスノーを想像してくれればありがたい。ただでさえ酸素が乏しい白亜紀の海では,このようなことが起こるとさらに大変なことになる。というのも,有機物が分解するためにも酸素が使われてしまうからである。そういうわけで,非常に温暖な白亜紀の海洋ではしばしば無酸素化が起きた。そして,この時にたまった大量の有機物(≒ヘドロ)こそ,石油の素なのである。

さて,本題である。じゃあ,その大量の有機物を作った生物は何なのか?と問われて...「植物プランクトン!」と答えるのはイヤな私はガムシャラに研究を進めてきた。目に見えない有機分子や,下の写真のような目に見えてもモヤモヤして分からない何かだったり,顕微鏡でやっと観えるような超小さな化石たちがそれを少しだけ教えてくれた。

↑石油の素「油母(ケロジェン)」の顕微鏡写真

有機分子のうち,ある生物が特有に生合成する分子はバイオマーカーとよばれ,白亜紀のような太古の時代に堆積した岩石中であっても,少し分子の形を変えつつ,残っていることが多くある。例えば渦鞭毛藻 ('dino'flagellate) という生物が作りだすジノステロイド('dino'steroid)というステロイドの一種は,特殊な分子骨格を持ち,長い時間を経てもその骨格が維持されるため,バイオマーカーとして使われてきた。ところで,この渦鞭毛藻という藻類,聞きなれないかもしれないが,実は現在の海洋でも主要な植物プランクトン(基礎生産者)であり,ある種はサンゴなどと共生関係にある一方,いくつかの種は赤潮を発生させ,特に有毒物質を作り出す種については,水産資源にも甚大な影響を与えている。

私たちの研究(Ando et al., 2017, Organic Geochemistry)において,白亜紀海洋無酸素事変黒色頁岩を用いて,この渦鞭毛藻に由来するジノステロイドの存在比を検討したところ,いくつかの無酸素事変時には,渦鞭毛藻が主要な基礎生産者であったことが分かってきた。したがって,白亜紀の急激な環境変動(地球温暖化や海洋の成層化)に伴って,渦鞭毛藻が増加し,生産を活発に行ない,大量の有機物を海底に蓄積した可能性がでてきた。特に海洋の成層化富栄養化が促進されたと考えられる時期(OAE1b)で,ジノステロイドの割合が大きく,そのような環境は現在の沿岸域において赤潮を起こすような渦鞭毛藻が好む環境と一致する。(多少言い過ぎだが)もしかすると,過去の赤潮によって海底で蓄積されたヘドロが我々が用いている石油の起源になっているのかもしれない。

しかし,果たしてそんな簡単に片付く問題なのか?私たちは微小な化石を用いて,少し異なった視点から研究を重ねてきたが,論文が公開されるまではしばらく文章を書くことを控えておこうと思う…

Topic 2につづく